有珠山が噴火しました
(アイヌ語)
Usu-nupuri (Usu-zan) opus ruwe ne
ウス-ヌプリ (有珠山) オプシ ルウェ ネ
(エスペラント)
La monto Us-nupuri (Usu-zan) erupcias
2000年3月末、虻田町は今まで大地は静かであったけれども、どういうわけだかある時から地震が起こりすぎるので不思議に思いました。
(アイヌ語)
2000 pa 3 cup kese pakno Ap-ta maciya (Abuta-tyô) or ta sirmo a korka,
sine an hi wano sirsimoye kaspa hi a=oyamokte ruwe ne.
2000 パ 3 チュプ ケセ パクノ アプ-タ マチヤ (虻田町) オロ
タ シリモ ア コロカ、 シネ アン ヒ ワノ シリシモイェ カシパ ヒ アオヤモクテ
ルウェ ネ。
(エスペラント)
En la fino de marto en 2000, kutime estas senmova la tero en la
urbo Ap-ta maciya (Abutatyo), sed ekde iam tertremo tro okazis, tial oni
pensis, ke estas strange.
何日も地震が起きたので、町の住人が逃げました。
(アイヌ語)
kesto an kor sirsimoye kus, ne maciya or un utar kira pa ruwe ne.
ケシト アン コロ シリシモイェ クシ、 ネ マチヤ オロ ウン ウタラ
キラ パ ルウェ ネ。
(エスペラント)
Ekde tiam kelkaj tagoj tertremo tro okazis, tial la urbo loĝanto
rifuĝas.
そのあと、2000年3月31日に有珠山が噴火しました。
(アイヌ語)
okake ta, 2000 pa 3 cup 31 to ta Us-nupuri (Usu-zan) opus ruwe ne.
オカケ タ、 2000 パ 3 チュプ 31 ト タ ウシ-ヌプリ (有珠山) オプシ
ルウェ ネ。
(エスペラント)
Poste en 31-a de marto en 2000, la monto Us-nupuri (Usu-zan) erupcias.
有珠山は、今まで、7回の噴火があったと言われています。
(アイヌ語)
Us-nupuri (Usu-zan) anak te pakno arwan suy opus sekor a=ye ruwe ne.
ウシ-ヌプリ (有珠山) アナク テ パクノ アラワン スイ オプシ セコロ
アイェ ルウェ ネ。
(エスペラント)
Oni diras, ke ĝis nun la monto Us-nupuri (Usu-zan) erupciis sep
fojojn.
1663年には、噴火して、家が焼失して5人亡くなりました。
(アイヌ語)
1663 pa ta, opus hine cise uhuy wa asiknen isam.
1663 パ タ、 オプシ ヒネ チセ ウフイ ワ アシクネン イサム。
(エスペラント)
En la jaro 1663, erupciis, la domoj forbruliĝis kaj kvin homoj
mortis.
1769年には、火砕流があって、家が焼失しました。
(アイヌ語)
1769 pa ta, nupuri opus wa apehe rap kusu, poronno cise uhuy ruwe ne.
1769 パ タ、 ヌプリ オプシ ワ アペヘ ラプ クス、 ポロンノ チセ ウフイ
ルウェ ネ。
(エスペラント)
En la jaro 1769, la fajr-erupcio troviĝis kaj la domoj forbruliĝis.
1822年には、火砕流があって、虻田集落が全滅し、50名亡くなりました。
(アイヌ語)
1822 pa ta, opus apehe rap wa Ap-ta kotan a=arustekka wa waniw erehotnen
isam.
1822 パ タ、 オプシ アペヘ ラプ ワ アプータ コタン アアルシテッカ
ワ ワニウ エレホッネン イサム。
(エスペラント)
En la jaro 1822, la fajr-erupcio troviĝis, la vilaĝo Ap-ta kotan
komplete detruiĝis kaj kvin-dek homoj mortis.
その後、噴火で1853年には大有珠ができ、1910年には明治新山ができ、1944年には昭和新山ができました。
(アイヌ語)
orwano opus kusu 1853 pa ta Ôusu hetuku wa 1910 pa ta Mêzisinzan
hetuku wa
1944 pa ta Syôwasinzan hetuku ruwe ne.
オロワノ オプシ クス 1853 パ タ 大有珠 ヘトゥク ワ 1910 パ タ
明治新山 ヘトゥク ワ
1944 パ タ 昭和新山 ヘトゥク ルウェ ネ。
(エスペラント)
Poste en 1853 la monto Oousu aperis, en 1910 la monto Meezisinzan
aperis kaj en 1944 la monto Syowasinzan aperis.
1822年には、虻田の住民は、最初に火山の噴火があったときは避難しましたが、10日ほど経ったときに「もういいだろう」と考えて戻りました。
(アイヌ語)
1822 pa ta, Ap-ta kotan un utar anak hoskino nupuriopus hi ta anakne
kirapa korka, wan to pakno siran i ta "tane pirka nankor" sekor yaynu kor
hosippa ruwe ne.
1822 パ タ、 アプ-タ コタン ウン ウタラ アナク ホシキノ ヌプリオプシ
ヒ タ アナクネ キラパ コロカ、 ワン ト パクノ シラン イ タ "タネ ピリカ
ナンコロ" セコロ ヤイヌ コロ ホシッパ ルウェ ネ。
(エスペラント)
En 1822, la loĝantoj de la vilaĝo Ap-ta kotan rifuĝis kiam la
monto erupciis en 1-a fojo kaj post ĉirkaŭ 10 tagoj, ili pensis, "Jam
bone." kaj revenis hejmen.
しかし再び火山が噴火したので、多くの人が亡くなりました。
(アイヌ語)
korka kannasuy nupuri opus kusu, inne utar isam ruwe ne.
コロカ カンナスイ ヌプリ オプシ クス、 インネ ウタラ イサム ルウェ
ネ。
(エスペラント)
Sed la monto re-erupciis, tial multaj homoj mortis.
一度火山が噴火すると、その後静かなように見えても、本当に危ないのです。
(アイヌ語)
arsuy nupuriopus kor, orowano sirmo pekor a=nukar yakka sonno ka iyaykipte
ruwe ne.
アラスイ ヌプリオプシ コロ、 オロワノ シリモ ペコロ アヌカラ ヤッカ
ソンノ カ イヤイキプテ ルウェ ネ。
(エスペラント)
Se monto eruptas unufoje, eĉ se oni trovas, ke estas senmove, cetere
tio estas vere danĝera.
雲仙普賢岳でも同じでした。
(アイヌ語)
Unzenhugendake ka neno an pe ne.
雲仙普賢岳 カ ネノ アン ペ ネ。
(エスペラント)
La okazo pri la japana-monto Unzenhugendake estas sama.
1822年に噴火した有珠山の話はユーカラの中にも言われてます。
(アイヌ語)
1822 pa ta, Us-nupuri (Usu-zan) oruspe anak yukar or ta ka a=ye hawe
ne.
1822 パ タ、 ウシ-ヌプリ (有珠山) オルシペ アナク ユカラ オロ
タ カ アイェ ハウェ ネ。
(エスペラント)
En 1822, la informo pri eruptinta Us-nupuri (Usu-zan) estas parolita
en la aina-genta rakonto-versaĵo Jukaro.
白老のアイヌ民族博物館の研究報告書第4号に、そのユーカラが書かれています。
(アイヌ語)
Siraw-o-i (Siraoi) un Aynu-minzoku-hakubutukan sapte kenkyûhôkokusyo
iye-inep(4) (dai 4 gô) ka ta ne yukar a=nuye ruwe ne.
シラウ-オ-イ (白老) ウン アイヌ民族博物館 サプテ
研究報告書 イイェ-イネプ(4) (第4号) カ タ ネ ユカラ アヌイェ
ルウェ ネ。
(エスペラント)
En Siraw-o-i (Siraoi) un Aynu-minzoku-hakubutukan (Muzeo pri aina-gento),
oni publikis la Jukaron en Kenkyuu-hookokusyo iye-inep(4). (n-ro 4 de raportaĵo
de studo.)
そのユーカラには、真夜中から噴火した山の噴火した火が虻田の集落を消し、
(アイヌ語)
ne yukar or ta, annoski wano opus nupuri, opus apehe rap wa Ap-ta kotan
a=uska.
ネ ユカラ オロ タ、 アンノシキ ワノ オプシ ヌプリ、 オプシ アペヘ
ラプ ワ アプ-タ コタン アウシカ。
(エスペラント)
En la jukaro, ekde plena nokto, fajraĵoj el la erupciinta monto
falis kaj la vilaĝo Ap-ta kotan perdiĝis.
虻田の集落から、逃げた者は、海に飛び込んでも頭が焼け、飛びこんでも、海水を飲んで、腹を一層ふくらましたと書かれてます。
(アイヌ語)
Ap-ta kotan orowa kira wa paye p anak, atuy or un terke p uhuy suma
neya piyota neya rap kusu sapa uhuy hine, rawoterke yakka atuy wakka ruki
ayne hon-pisese, sekor an pe a=nuye ruwe ne.
アプ-タ コタン オロワ キラ ワ パイェ プ アナク、 アトゥイ オロ ウン
テレケ プ ウフイ スマ ネヤ ピヨタ ネヤ ラプ クス サパ ウフイ ヒネ、 ラウォテレケ
ヤッカ アトゥイ ワッカ ルキ アイネ ホン-ピセセ、 セコロ アン ペ アヌイェ
ルウェ ネ。
(エスペラント)
La homoj, kiu rifuĝis de la vilaĝo Ap-ta kotan, saltis en maro,
sed fajriantaj ŝtonoj kaj vulkanpolvoj kaj aliaj falis, tial la kapoj
fajris.
Eĉ homoj, kiu saltis, trinkis maran akvon, finfine ŝveligis siaj
abdomenoj, tiel estas skribita.
今年は(地元の)みんなが注意したので誰も死にませんでした。
(アイヌ語)
tanpa ta anakne utari opitta yayitupare kusu, nen ka somo ray ruwe
ne.
タンパ タ アナクネ ウタリ オピッタ ヤイトゥパレ クス、 ネン カ ソモ
ライ ルウェ ネ。
(エスペラント)
En nuna jaro, la ĉiuj loĝantoj atentas, tial neniu mortas.
洞爺の町(洞爺湖温泉町)の西の山麓から噴火がありました。
(アイヌ語)
To-ya maciya (Tôyako-onsentyô) cuppok ta an nupuri utorsam wa opus.
ト-ヤ マチヤ (洞爺湖温泉町) チュッポク タ アン ヌプリ
ウトロサム ワ オプシ。
(エスペラント)
Erupcias disde la flanko de monto en la direkto al okcidento de
la urbo To-ya maciya (Tooyako'onsen-tyoo).
噴煙の高さは3200mでした。
(アイヌ語)
3200 mêtoru pakno supuya at pe ne ruwe ne.
3200 メートル パクノ スプヤ アッ ペ ネ ルウェ ネ。
(エスペラント)
Fumis ĝis altaj 3200 metroj.
一万六千人の人が避難しました。
(アイヌ語)
16000 pakno oka utar kira pa ruwe ne.
16000 パクノ オカ ウタラ キラ パ ルウェ ネ。
(エスペラント)
Ĉirkaŭ dek ses mil homoj rifuĝis.
洞爺の町(洞爺湖温泉町)では、大きな熱泥流があって、それで山のふもとにある家が壊されたり、飛んだ石が(家に)ぶつかったりしました。
(アイヌ語)
To-ya maciya or ta sesek toy wakka an wa, nupuri ouske ta an cise a=perpa
ka ki, terke suma tomo osma ka ki ruwe ne.
ト-ヤ マチヤ オロ タ セセク トイ ワッカ アン ワ、 ヌプリ オウシケ
タ アン チセ アペレパ カ キ、 テレケ スマ トモ オシマ カ キ ルウェ ネ。
(エスペラント)
En la urbo To-ya maciya (Tooyako'onsen-tyoo), varmega-akvo enhavanta
malsakan teraĵon multe fluas, tial la domoj ĉe la flanko de monto dispeciĝis,
saltintaj ŝtonoj koliziis al la domoj.
その後、ぐちゃぐちゃの土(泥流)やら火山灰やらがたくさんありましたが、今は人々が街を片付けているところです。
(アイヌ語)
okake ta pene toy neya piyota neya poronno oka korka, tane utari sitcasnure
kor oka.
オカケ タ ペネ トイ ネヤ ピヨタ ネヤ ポロンノ オカ コロカ、 タネ
ウタリ シッチャシヌレ コロ オカ。
(エスペラント)
Post tio, malsaka teraĵo kaj vulkanpolvo kaj aliaj estas multaj,
sed oni pure formetas.
早く全員が帰宅できて安心して暮らすことができればよいと思います。
(アイヌ語)
tunasno ne utari opitta hosippa wa apunno oka yak pirka sekor ku=yaynu.
トゥナシノ ネ ウタリ オピッタ ホシッパ ワ アプンノ オカ ヤク ピリカ
セコロ クヤイヌ。
(エスペラント)
Mi pensas, ke pli bone eatas, se la ĉiuj loĝantoj frue revenas
la hejmon kaj trankvile loĝas.